卒業生紹介

「私たちならできる!」というAPUスピリットを築き上げたことが何よりの誇り

Morse Caoagas FLORES さん

アジア太平洋学部 2006卒業
国際連合人権高等弁務官事務所
United Nations Office of the High Commissioner for Human Rights (OHCHR)

私がAPUに入学を決めたのは、コミュニティの構築に貢献できるようなコミュニティの一員になりたかったからです。私が入学した当時、APUは設立からわずか2年しか経っていませんでしたが、大きな挑戦とチャンスに満ち溢れていて、とても気に入りました。当時は私たちにとって多くのものが揃っていなかったため、確かに大きな挑戦でしたが、まさにそうした挑戦があったからこそ、学生、教職員、スタッフ全員が非常に創造的で粘り強く成長できたのだと思います。当時設立間もない大学だったAPUの「私たちならできる!」という精神を築き上げる一員になれたことを、私は最も誇りに思っています。

私がAPSを選んだのは、この大学の教員の方々の学術的・専門的な経歴に魅力を感じたからです。中でも、元国連職員の鈴木絲子教授(2002年当時APU在籍)には特に感銘を受けました。

高校生の頃、いつか働くなら、自分自身よりも大きな何かのために働き、個人やコミュニティの尊厳と幸福を仕事とキャリアの中心に据えようと決意しました。その時、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)で働くことが自分の使命だと気づいたのです。

鈴木教授のプロフィールを読んだとき、すぐに彼女の指導を受ける自分の姿が目に浮かびました。そして実際、私は彼女の授業をいくつか受講しただけでなく、彼女から直接指導を受けることになり、国連の人脈を紹介してもらったり、国連でのキャリア開発に関する多くの内部情報を提供してもらったりしました。

活動面で最も印象に残っているのは、APU在学中の2002年に、私がまだ1年生だった頃に、APUで開催された第1回世界学生サミットの運営チームの一員として参加したことです。このサミットでの経験は、私や他の学生たちに刺激を与え、文化交流プログラムを通して開発に関する意識を高めることを主な目的としたアジア太平洋国際開発学生協会(APSAID)を設立するきっかけとなりました。

APSAIDの会長を務めていた期間、私は約15名のAPU学生からなる代表団を率いてカサブランカで開催された世界学生フォーラムに参加し、2003年にはグリーンランドの学生代表団を別府と京都に招き、文化交流を行いました。翌年には、約30名のAPU学生(APUよさこいダンスサークルのメンバー)を率いて、台湾、トルコ、デンマーク、グリーンランドへの文化交流プログラムに参加しました。APSAIDの他のメンバーも、韓国やタイで開催された交流会や青少年・学生会議に出席しました。

私の将来の究極の目標は、APUに戻り、次世代のAPU学生を指導し、刺激を与えることです。そして、「APUの卒業生は世界を変える力を持っている…人間の尊厳を深く尊重しながら自由と平和を追求する」と力強く宣言するAPUビジョン2030を実現することです。将来、私はAPUに恩返しをし、対話と共通点の探求がアジア太平洋地域の持続可能な未来を築くための主要な手段となる「グローバル学習コミュニティ」となるよう尽力したいと考えています。

できると信じれば、もう半分は成功したも同然だ!