多文化環境で"好き"が見つかるまで
APU生
ポート
フォリオ
PROFILE
紅野友宏 さん
※2026年1月取材
理系から方向転換し、ワクワクしながら飛び込んだ新たな環境と驚きの世界。
入学前からは想像できなかった今の自分がつかみ取った将来への可能性。
JOURNEY
"好き"が見つかるまでの道のり
- 幼少時代 小学生から始めたサッカーで高校ではキャプテン
- 中高時代 理系志望で、脳科学や心理学などに興味
- 大学入学 APUの国際性と多様性を知り新しい環境にワクワク
- 大学2年 専攻を国際関係に決めたきっかけ「国際協力論」
- 大学3年 台湾に交換留学中ODAの必要性を再認識
- 帰国後 山形辰史教授のゼミに
- 大学4年 卒論は「オファー型協力」をテーマに
どんな高校生でしたか。
小学校から始めたサッカーを高校の部活でも続け、キャプテンをしていました。文武両道の学校だったので、練習後は塾で勉強し翌日また学校へ行き、を繰り返す日々を送る真面目な高校生でした。
APUに入学した理由を教えてください。
父が以前から国際交流が好きで、家でもよく外国の方とホームステイのような形で交流していたことが背景のひとつです。ただ、もともとは理系志望で、脳科学や心理学など人間の内面に興味がありました。でも、学歴や勉強の固定概念を超えたAPUの国際性と多様性を知り、他の大学にはない特色だと強く感じ、これまでの価値観が変わるような新しい環境にワクワクしました。
高校と大学では"学び"がどう違うと感じましたか。
入学後すぐに「アカデミックキャンプ」というサークルの新入生向け活動として、グループで論文作成をする企画に参加しました。「北欧の暮らしを例に幸福を感じるための方法を考える」をテーマに1ヵ月間たくさんの文献を読み、いろいろな学生と議論したのがすごくためになりました。授業だけでなく、大学にはこんな学び方があるのだと驚き、その後APUでさまざまな挑戦をするベースになったと思います。
入学後、一番印象的な授業は何でしたか。
「平和学」です。平和学の父と呼ばれる学者ヨハン・ガルトゥングの理論を基に、紛争の構造や平和構築の具体的な手法について、実践演習やグループディスカッションを通して学びました。その分野の著名な専門家に教えていただけるのは、とても貴重ですし面白かったです。
大学在学中に挑戦したことは?
3回生のとき1年間、台湾に交換留学しました。戦争の記憶が刻まれた最前線の島でフィールドワークをして肌で感じ、国際協力の重要性やODAの必要性を再認識しました。自分が研究するテーマの意義をより強く固めることができたのは、この留学経験があったからだと思います。
卒業論文のテーマにつながるきっかけとなった授業や影響を受けた教授は?
まず、2回生のときに受けた「国際協力論」は外務省から出向中の早川修先生の講義で、日本のODAの歴史から最近の世界情勢まで非常に奥深い内容でした。この授業が自分の専攻を国際関係に進め卒論にたどり着くまでのきっかけのひとつです。そして、国際協力や開発経済学の専門家で知識も経験も豊富な山形辰史教授のゼミに入り、自分の関心をどう結びつけていくかを相談しながら、具体的なテーマを決めていきました。
卒業論文はどのような内容で書かれましたか。
2023年にODAが新しくなり、日本政府が取り入れた「オファー型協力」について研究しました。相手国からの要請を待たずに支援を提案するもので、それまでとは180度異なる形になるため、実際の事例を検証し、協力する国の都合や思惑に偏っていないか、相手国の主体性は確保されているのか、などを考察した論文です。
4年間を振り返ってみていかがでしょうか。
年齢、国籍、場面を問わず本当にいろいろな出会いがありました。特に、自分が2回生でリーダーを務めた「アカデミックキャンプ」の1つ上の先輩にはとてもお世話になり、刺激もたくさん受けました。また、APハウス(学生寮)で仲良くなった同級生とは切磋琢磨して、お互いに頑張り励みになりました。今後もずっと付き合っていきたい人ばかりです。勉強も研究も人も学生生活も全てが楽しかったです。
卒業後の進路と今後の目標は?
東北大学公共政策大学院で公共法政策を専攻し、国や自治体が作る政策の評価や課題を議論して、より良い政策に向かうための研究や実務を学びます。APUで得た国際的な経験や多角的な視点を活かし、他の学生からも吸収して高め合っていきたいです。
最後にメッセージをお願いします。
APUは自由で本当にたくさんの気づきがあり、将来の可能性が広がりました。自分のやりたいことができる環境でひとつの軸を持って学び、皆さんも成長していってほしいです。